バベル〜映画が教えてくれる事
2時間を超える作品でしたが、長いとは感じませんでした。
しかし、悲しみに打ちのめされました。
エンドロールにかかるギターが、さらに涙を誘いました。
タイトルにあるバベルとは旧約聖書のバベルの塔からきている。
始め人々は同じ言葉を話していた。
そして生活の質を高めるために、人々は技術革新を続け、
レンガやアスファルトを開発し、塔や町を作った。
しかし、天にも届く塔の建設を神にたしなめられ、
それぞれが別々の言葉を話すようにされてしまった。
人々は混乱し、世界各地へ散っていった。
それ以来、その町はバベルと呼ばれるようになった。
バベルとは混乱を意味する言葉だそうです。
この映画の始まりは1本のライフルから始まっている。
そしてモロッコ、メキシコ、日本と、
それぞれの地で起こるエピソードは、
パンドラの箱を開けたように次々と悲劇が繰り広げられる。
わずかではあるが、メキシコの結婚式のシーンだけが救い。
日本でのシーンでは、他のシーンと少し違って見えた。
それは何より菊池凜子さん演ずる高校生が、ろう者であるから。
言葉のハンデを持った少女を通して、
伝えたいのに伝わらないもどかしさが、見るものには十分伝わったと思う。
それこそが映画という文化の素晴らしさだと思う。
空想的で実現不可能な計画のことを
バベルの塔だといいます。
世界中で銃によって人が死ぬことがなくなること、
各地で起こっている戦争や紛争がなくなること、
そうしたことを望むことは不可能なことなのだろうか。
たまたま映画を待っている間に読んでいた、
井形慶子さんのエッセイの中にあった、
『神様とは、心の中から聞こえる内なる声に違いない』
というフレーズがよみがえってきました。
それぞれのココロに浮かぶ内なる声に耳を傾けるようにすれば、
人々は争いをしたり、武器を持つようなことをしなくて済むのではないだろうか。



