脳内i-pod

一人でいるときなど、ふいにアタマの中に、
歌が流れてくることがありませんか?
今夜、残業で事務所に一人いるときに降りてきた曲は、
小田和正さんの歌声でした。

今夜の曲は、たぶんCMか何かに使われた曲で、
タイトルは知りません。
それでも、サビの部分をうろ覚えながら
歌詞がアタマの中をぐるぐるしていました。
ネットで調べ物をするくらいでしたので、
作業に支障をきたすこともありませんでした。

普段から職場の人の迷惑をかえりみず、
鼻歌何ぞを歌いながら仕事をさせてもらってます。
ひどい時には小さく口笛を吹いていたりします。
みなさん寛大な方々ばかりなので助かっています。
(既にあきらめられているのかも・・・・)

アタマの中に浮かんでくるイメージというのは、
その時の自分の気分がそうさせるのでしょうね。
わたしにとって小田和正って、どんな感じかと考えると、
どちらかというと前向きな感じがします。
調べていたことも施設の将来像というか、
新事業移行への手がかりを見つけていました。

明日の朝は『自己ベスト』でもかけて会社に行きましょうか。

井形慶子さんの本

今日の午後は、自宅の2階で窓越しに陽を浴びながら、
井形慶子さんの本を最後まで読みました。

この本には、自らの価値観でいきいきと生きる
高齢者の姿がたくさん描かれていました。
そこにはイギリス人に息づく「個人主義」の考えから、
いくら年齢を重ねようが、障害を持っていようが、
それぞれの個人の尊厳が守られる社会が映し出される。

2003年に書かれたあとがきには、
今問題になりそうな憲法のことが書かれていた。

戦争に敗れて、アメリカ主導でつくられた日本国憲法には、
それまでの天皇制にもとづく全体主義から決別し、
『個人の尊厳』を中心にすえた新たな価値観が盛り込まれた。

今こそ、この憲法の奥にあるものを人々が深く理解し、
「みなと違うことが素晴らしい」という価値観を持つことが、
すべての人が生きやすい社会をつくり出す
ヒントが隠されているのではないかと書かれている。

文庫版のあとがきに、
あるイギリス人哲学者の言葉が書かれてある。

「まず、今以上を目指して生きる姿勢からしか人間の魅力は出てこない。その上で生まれる自信とは、自分を信じることだ。私達は自分を信じるために何をすればいいのかをまず考えるべきだ。将来の不安を論じる前にまず、信じるに値する自分を創ることが何より重要なのだ」



誰かにつくられたレールを行くのでもなく、
他人のマネをして生きるのでもなく、
自分のアタマで考えた道を、自分の足で歩いていくだけ。

「仕事と年齢にとらわれないイギリスの常識」
この本に出てくるイギリス人の生き方は、
これまでのわたしの生き方を見直すきっかけにもなり、
また新たな視点をもたらしてくれた、とても良い本でした。

夕暮れ前のテラス

夕暮れのカフェ

久しぶりにとっておきの時間を過ごすことができました。
仕事のある土曜日の夕方に
夕日を浴びながらここでお茶をするのが一つの楽しみです。

ここは職場から近いとあるギャラリーに併設された喫茶コーナーです。
観光名所でもある場所のなのですが、
この時期は人もまばらで、わたしの他にお客さんはいません。
店員に声をかけて、一人テラスに腰掛けます。

わたしは喫茶店に入るときは、いつも文庫本を持っていきます。
このところクルマに積んであるのは、
情報誌「ミスター・パートナー」の編集長で、
エッセイストでもある井形慶子さんの
「仕事と年齢にとらわれないイギリスの常識」です。

すこし寒いテラスの椅子に座って足を組み、
暖かい紅茶をすすりながら、文庫本のページをめくる。
どう見てもナルシズムいっぱいなのだが、
とても満足した時間を送ることができる。

太陽のような人、月のような人

日頃から空をながめることが好きだと言っていますが、
今週前半は夜空に浮かぶ月をずっと見ていました。
月曜日には、夕方の空にとても薄い三日月を見ました。
水曜日には帰りのクルマのフロントガラスに、
ずっとちょっと太った三日月が浮かんでいました。

わたしの通勤経路は、朝は真東に向かい、
帰路は真西に走ることになります。
冬のこの時期は、毎朝の太陽は低いので、
サングラスが無くては運転できないくらいです。

一方、夜は西に向かって走るので、
三日月しか見ることがありません。
冬のお月様は、空気が澄んでいるためか、
他の季節よりもより明るい気がします。

山沿いを走る道路からは、
イチゴをつくるビニールハウスに月明かりが映って、
ハウスが輝いて見えます。
田舎道もお月様の下では、幻想的に姿を変えます。

太陽の情熱的な明るさもいいのですが、
やっぱり暗い世界を照らす
月の優しい明るさの方が好きです。

本当は太陽の光を反射させているのですが、
わたしには自ら光って、
地上を優しく照らしているように感じます。
しかも、毎日カタチを変えて、
満月の大盤振る舞いの時もあれば、
全く姿を見せてくれない時もあったり、
そんな気分屋さんなところも好きです。

人の生き方を太陽と月に例えたとして、
あふれるばかりのパワーを周りに与えながら、
常に明るくて、いつも活気に満ちている雰囲気で、
人を巻き込みながら影響を与える太陽のような人。

暗闇の中で静かにあたりを照らしているような、
神秘的な雰囲気をもっていて、
控えめではあるけれど、
必要に応じて人に影響を与える月のような人。

動物占いでも新月グループのこじかのわたしは、
どちらかと言えば月の生き方が性に合っている。
リアルにわたしの周りにいる人は、
そうは思っていないかもしれませんが、
ココロの中ではそんなことを考えているんです。

保護者からの『要望』

昨日、施設の保護者会があり、約半数ほどのご家族が出席されました。
今回はちょっと出席が悪かったようでした。
平成15年に支援費が始まり、利用契約となった時から、
保護者会の雰囲気がすこしづつ変わってきたような気がします。

利用契約と言えば、お互いが書面を交わして、
サービスを利用するものと提供するものの関係となることで、
どちらが立場が強いということもなく、
契約に基づいて利用料を支払っているのだからと、
より良いサービスのために要望を頂くようになりました。

かなり前の保護者会というと、
一方的に施設側からの報告ばかりがされて、
保護者らは、「ははー、おっしゃるとおりです」というような
感じで聞き役に徹していたような気もします。
まぁ、その時代でも意見をしっかり言われる方もありました。

しかし、やっぱり多額の利用料を払うということで、
かなり意識が変わってきました。
これは非常に良いことだと思っています。
以前よりも施設の活動に関心を持ってもらえたり、
障害基礎年金の使い方に関心を持ってもらえるようになりました。

日常の衛生面や安全面を改善して欲しいというような、
具体的な要望が出てくることは、
毎日生活しているわたし達が見落としてしまいそうな点で、
ご家族ならではの視点で、非常にありがたいと思います。

施設などでは、どうしても当たり前になってしまう、
普通の生活ではありえないことが行われることがあります。
そうしたことに要望を頂けることで、
さらにより良い施設生活をおくってもらえるきっかけになります。

苦情解決制度を整備すること、と行政から指導されますが、
こうしたご意見をウチの施設では『要望』と受け取ることとして、
より良い施設運営をする上で貴重な働きかけとして、
これからも受け付けていきたいと思います。

年功序列の功罪

このところ第2の勉強部屋となりつつある浴室で、
『若者はなぜ3年で辞めるのか?』の続きを読んでいました。
新書とはいえ結構なボリュームがあるので、
なかなか読み進むことができません。

普段は写真週刊誌や月刊誌などの大型の本なので、
お風呂のふたの上に拡げておいて読めるのですが、
こうした小さな本は手に持っていないと、
ページが閉じてしまうので、腕も疲れます。
軽い筋トレをしながら読書をしているようなものですね。

さて、本題に入らないと。
この本は『法人事務局長のブログ』でおなじみの長谷川さんが、
以前読んでいたことに影響されて読み始めたものです。
サブタイトルに『年功序列が奪う日本の未来』とあります。
読み進むうちに、まさにその通りだと暗い気持ちにもなりました。

団塊の世代が退職することで起こる2007年問題。
彼らの年金を若年層が肩代わりする年金システム。
年齢を重ねるだけで給料があがる年功序列。
そのレールに乗り遅れた"既卒"は2度と浮かばれない。
安定したレールに乗ってるものは現状維持に
決して悪いことをしているという罪の意識はない。

日本の企業は技術力向上と高度経済成長の原動力として、
誰もが長く働きさえすれば、安定的に給料が上がるシステム、
年功序列制度によって成長した。
しかし、著者はその制度自体が崩れ始めていると書いている。

まだ、最終章を残しているので、
その先に何が書かれているかは今夜の楽しみです。

人が人を支えるために

17日、大阪府八尾市で起きた事件について気になっていました。
当初から何らかの障害をもたれた方なのではと感じていましたが、
小規模作業所の利用者さんでした。

こうした事件が報道されると、「施設の人は、こわい」という見方が
世間でされてしまうのではと危惧します。
上記の産経新聞の記事には、社会福祉法人事務局長の話が載せられ、
障害に対するマイナスのイメージが先行することが心配と話されています。

障害があっても社会との接点を持ちたいと、
地域の作業所や施設に通って、パンやクッキーなどを作り、
まじめに毎日を過ごしている方々が大勢います。
事件を起こしてしまった本人も作業所内では、
まとめ役のような役割を持ち、真剣に働いていたと思います。

障害をもたれた方を支援するときに、
人それぞれに様々な障害があり、支援の仕方もそれぞれです。
突発的な行動や予想のつかない行動をされる方もあり、
日頃からの見守りが重要となってきます。
人数をかけて1対1のような支援体制を組めるのであれば
突発的な行動にも対処できるかもしれません。

また、支援する側にオールマイティに対応できる
スキルがあることが必要でしょうが、とても無理です。
それも短期的に獲得できるものでもなく、
長い時間をかけて利用者さんと向き合う中で得られるものです。
しかし、現実は短い期間で福祉職場を辞められるケースも多く、
入れ替わりの激しい現場では、
じっくり支援スキルを身につけるという時間もないままに、
即戦力的に支援の現場に立つものも多いのでは。

やはり人の問題が背景にはあるように思います。
十分な人員配置をするためには、
一人当たりの人件費を抑えるしかなく、
そうすれば職員のモチベーションは下がり、辞めてしまう。
長く働いてもらうためにはどうすればいいのか。

また、支援スキルを上げるために援助技術研修などを
大幅に増やすこととなっているが、
人員配置の少なかったり、日々の作業活動の忙しかったりで、
そうした研修に人を送り出すことがままならない所も多い。
しかし、良い支援をするためには研修は欠かせない。

だいぶ論点がずれてきてしまっていますが、
障害者福祉に限らず、昨晩の報道ステーションの特集でも、
老老介護の問題を取り上げていましたが、
人を支える人をどのように支えていくのかを
もっと社会全体の課題として考えてもらいたいと思います。
今回の事件で、障害者に対する誤解が拡がらないことを祈ります。

親の立場、職員の立場

日本知的障害者福祉協会が発行する機関紙「さぽーと」の
12月号が送られてきて、さっそく読みました。
今月の特集は、当事者・関係者から見た障害者自立支援法でした。
その中で保護者会連合会の方の記事に異論を覚えました。

詳しい記事を載せることができませんが、
反論の意見のみ一方的に述べたいと思います。

わたしがこれまで入所施設の事務職員をしてきて、
措置の時代から、支援費の時代、さらに自立支援法と、
制度改正の流れにつきあってきた中で、
いかに仕組みが変わろうと一貫して考えてきたことは、
本人主体でなければならない、という事です。

しかし、この寄稿文の中でご自身でも語られているように、

 「働きたいと思っている我が子の足を引っ張っているのは、
  家族(親)である」


というのは、わたしもそのように考えています。
障害を持たれた子の親は、いつまで子どもの権利を脅かすのかと、
一般論として考えることがあります。
入所施設に入れておけば安心というのは、
親自身の安心でしかないのではと思ってしまうこともあります。

わたしたち職員は、本人を目の前にして残存能力を維持し、
将来への可能性を常に期待しながら日々の活動を支援しています。
しかし、親自身が「ウチの子は○○はできないんじゃないかしら」と、
後ろ向きのコメントされてしまう事に違和感を感じることがありました。

わたしの施設でも過去に入所施設という集団生活を嫌い、
自由な時間を過ごしたいという本人の希望を支援して、
生活寮やグループホーム(GH)に異動していった方が何人かいます。
本人の意志が一番であることは当然ですが、
それを支えて制度的な未成熟なGHであっても、
少人数での落ち着いた生活をおくってもらいたいと
頑張っている職員たちがいることをもっと判ってもらいたい。

あたかも自分たちが作った入所施設が絶対で、
GHやそれ以外の事業体が運営する事業を否定するようにもとれる
意見には反対です。
もちろん、そのように思っているとは思いませんが。

それと付け加えたいことは、
子どもの年金が親の家計と混じってしまっているケースは、
れっきとした権利侵害ではないかと思います。
その意味で世帯分離をして、子どもだけの収入により、
個別減免をできているという仕組みはとても良い制度と思います。
少なからず本人ひとりが年金で生活できることは、
国が保障すると言ってるのですから。

theme : 福祉のお仕事
genre : 福祉・ボランティア

ホワイトカラー・エグゼンプション?

とある雑誌を読んでいたら、運用の仕方次第では、
とんでもないことになりそうな話を国の審議会が検討しているようです。

みなさんは労働行政に関する言葉で、
『ホワイトカラー・エグゼンプション』という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
先日、飲み友だちからそれらしい言葉を聞いたのですが、
聞き流してしまっていたので、あぁこれの事かと思いました。

雑誌の記事から要約すると、厚生労働省大臣の諮問機関である、
「労働政策審議会」が12/27最終報告案を示したもので、
ある一定の条件にあてはまるホワイトカラーの労働者について、
これまでの労働基準法に定められた1日8時間、週40時間という、
規制を除外(エグゼンプション)しましょうという話です。

除外されることになると、残業代や休日割り増しなどが無くなります。

一定の条件には、
 1.労働時間だけでは成果を適切に評価できない仕事
 2.権限と責任を相当程度伴う地位
 3.仕事のやり方を使用者に指示されない仕事
 4.年収が一定以上高い
などが挙げられています。

この制度でもたらされるものは、
時間に縛られず、自由な働き方ができるということのようですが、
要は経済界が、残業代惜しさに話を進めているようにしか思えません。
自由に働く時間を決めていいよと言いながら、
実際には仕事が終わらなければ、
残って仕事をしなくてはならないのは目に見えています。
また、万一過労死の問題が起こっても、
「本人の能力の問題」とすり替えられてしまうかもしれません。

今国会にも提案されるのではないかとの見方もあり、
注意して見守る必要がある問題だと思っています。

誰かに伝えたい想い

年末に録画しておいた第6回「詩のボクシング」全国大会を見ました。
今回も多彩なメンバーによる言葉の異種格闘技戦を楽しませて頂きました。
ボクシングと言っても殴り合いをするわけではありません。
選手は赤コーナーと青コーナーにわかれ、
それぞれ自らがつくった詩を3分間で朗読し合い、
どちらが観客のココロを揺り動かしたかで決着をつける。

年々趣向をこらした表現方法を使う選手も増えてきた。
ある者はマラソンランナーのスタイルで走りながら朗読する。
またある者はきらびやかな着物をまとい、
言葉とともに、その世界観に引き込んでいく。
外見ばかりでなく、自分の感情を伝えるために、
早口で話してみたり、声の高低、抑揚を駆使する選手もある。

詩のボクシングでは、争うという形式をとっているので、
どうしても勝者と敗者というものができてしまう。
たまたま負けてしまった選手の中には、
この人の表現をもう一度見たいと思う人がいたりする。

言葉は発せられた人のココロを乗せて、わたしのココロに届く。
わたしのココロの中にある鐘をチリンと鳴らす。
また次の言葉が入ってきて、さらに大きく鐘を鳴らす。
気がつけば目頭が熱くなっていく。
わき上がるココロの動きを伝えたくて、大きく手を叩く。
そうせずにはいられなくなる。

人は何かを表現せずにはいられない生き物なんだと思う。
そして、誰かに伝えたい想いを常に抱えているもの。
その手段として「ことば」というものを獲得していったのだろう。

そして古代から、想いを伝えていくために、
歌となり、踊りとなっていったのでしょう。
時代がめぐり、人々の伝えたい想いは変わっていくでしょうが、
自分が何者であるかという問いかけとともに、
自分のココロの中に沸き立つものを、
誰かに伝えたいという想いは変わらないと思います。

信用を失う行為

ペコちゃんで親しまれる不二家が、シュークリームに消費期限切れの
牛乳を使用していたというニュースを聞きました。
とても残念でなりません。

報道ステーションで会見の様子を見ていたのですが、
11月に発覚から謝罪までに2ヶ月かかっていることや、
問題を隠そうとしていた内部文書があったことよりも、
説明をしていた幹部が、さも一部社員の不祥事のごとく話しているのに、
聞いていてアタマにきました。

もしも、わたしが不二家の社員だったら、
「結局は会社は自分たちを守ってくれないんだ」
って気持ちになるような気がしました。
もう少し配慮があれば良かったのにと思います。

製造業に限らず、我々の業界もお客様を相手にする仕事では、
リスクマネージメント(危機管理)がしっかり機能していることが
重要であることを改めて身に染みました。
事故等が起こらないように対策を立てることも必要ですが、
何か事が起こったときにどのように対応するかが、
その後の成り行きに大きく影響するということなのでしょう。

信用を失うことは、実に簡単なことなのですね。
しかし、一度失った信用を回復するには
大変な時間を必要とするものです。
「これくらい大丈夫だろう」
「今までこうしてきたから」
という、甘い考えや慣れが事故を引き起こすのだと思います。

すこし前にとあるビジネス本を読んだことを思い出しました。

 『ウサギはなぜ嘘を許せないのか?』
  著者 マリアン・M・ジェニングス
  日本版監修者 山田真哉   発行 株式会社アスコム

コンプライアンスという言葉に、この本で出会いました。
「法令遵守」と訳されますが、
法律や規則、社会規範に違反せずに、きちんと守ることです。
小学生でも赤信号では止まるということをやっているのに、
どうして大人になると、規則を守れなくなってしまうのでしょうか。

書き初めしてみました

日々是好日  はぁとさん - 書き初めくん - はてなセリフ

どうやら巷で評判という「書き初めくん」に挑戦してみました。
挑戦と言っても、単に文字を打ち込んだだけなのですが、
気分だけでも書き初めをした雰囲気になります。

「日々是好日(にちにちこれこうじつ)」

プロフィールにもあるとおり、わたしの好きな言葉です。
どんな日であっても、その日を楽しむ余裕も持っていたいものですね。
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プロフィール

Heart さん

Author:Heart さん
山梨県にある知的障害者の入所施設で事務員をやっています。
障害者福祉を話題の中心に、うつくしいものやココロについて日々感じたことをつれづれなるままに綴っています。

座右の銘は、「日々是好日」です。
過去でも未来でもない、今を大事に生きていきたいと考えています。
  since 2007/05/13

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迷惑メールが多いので、☆→@に直してお送りください。

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