行動障害を考える

きょうの午前中、県内の某施設で行われた研修会に参加してきました。
みなさんは"強度行動障害"という言葉を耳にしたことがあるでしょうか。

この言葉は医学的に定義づけられた言葉ではなく、
国が行う強度行動障害特別処遇事業を実施する上で作られた
法的な概念(行政用語)であり、弘済学園(神奈川県)の飯田雅子氏らの研究によって
初めて使用された用語であるとされています。

具体的な状態としては、生活環境に対する極めて特異な不適応行動を頻回に示し、
日常生活に困難を生じている状態を言います。
知的障害者や発達障害者に多く、噛みつきや頭突きなどの直接的他害や
睡眠の乱れ、他動、器物損壊などの間接的他害、自傷行為などを示します。

今回の研修会では前述の強度行動障害特別処遇事業を実施している
施設における事例発表と関与しているスーパーバイザー(精神科医)による
ケースカンファレンスが行われました。
わたしの施設でも行動障害が激しい方が大勢いるので、
参考になればと参加させていただきました。

事例発表をおおよそにまとめると、3年間に渡り個別に支援する中で、
問題行動になるまでの背景(裏側)を考え、仮説を立てて分析し、検証する。
その繰り返しを続けることで、問題となる行動の頻度が減っていき、
規則正しい生活習慣が身につき、職員との信頼関係が構築され、
他者への正当な働きかけ(言語による)が出来るようになった、と報告された。

事例発表を聞く中でスーパーバイザーが補足していたが、
問題行動に対して、職員の価値観で禁止してしまったり、
対象物を無くし物理的に諦めさせようとしてしまうことが良くあり、
こうしたことでは行動を改善させることはできないとしていた。
全く同感に思いました。

彼らの行動の多くは、わたし達の物を伝える手段とは違っていても、
何かの意思表示であったり、不快の表現手段であったりするものと考えます。
何かを伝えようとしているのにもかかわらず、
それを受け取るべき支援者が拒否したり、無視してしまっていることで、
問題行動を引き延ばしてしまったり、大きなパニックを呼び込んだりしてしまいます。

なかなかこうした問題行動に対して、受容するということが難しいのですが、
支援する側にもっと余裕が持てる状態であれば、
"何故、そのようなことをしてしまうのか"ということを考えて欲しいと思います。
これは施設に限らず、家庭においても同じことが言えます。

わたしたちは"言葉"に頼ってしまいがちですが、
彼らの中にも彼らなりの"言葉"があるのです。
それが一般的には受け入れがたい奇異な行動として現れてきても、
その裏側には何かを伝えたいという意志があるのでは思います。
声なき声と言いますが、そうしたココロの声に耳を傾ける余裕を持ちたいものです。

「walkingtour」

ブックマークにも入っている「今だから話そう〜障害者のきょうだいとして生きて〜」に、
 "前を向いて歩こう!"  という記事がありました。
その記事の最後に、素敵なフラッシュアニメの紹介がありました。
リンクをたどって作品を見せていただいたら、とても素敵なので
ここでも紹介しないといられない気持ちになりました。
ここではフラッシュの制作者のサイトをリンクさせていただきます。

 http://www.geocities.co.jp/Hollywood/1387/walkingtour.html
 (動画・音声が出ます)

このところ勘違いをして生きてしまっていることを気づかされました。
わたしはわたし一人で生きているような気でいたのです。
人には、あれこれこうした方がいいよとアドバイスをしながらも、
自分は自分といきがっているような気がします。

わたしがこの世に生を受けた前提には両親がいて、
成長する過程でずいぶんたくさんの人々に支えられてきたはず。
学校の先生も、会社の先輩や同僚も、遊び仲間も、
それぞれが遠い存在になってしまっていることに、
何の感情もなくただ通り過ぎていっただけに感じていました。
そう、このフラッシュにもあるように「いなくなった」と感じていた。

しかし、そうではなくてちゃんといるんです。
既に母を亡くして昨年7回忌を済ませました。
ココロの中に気づくと母はいるんです。
以前勤めていた会社の同僚も、今は会うことも少なくなった友達も、
遠い彼方でわたしのことを思っているかもしれない。

いまこうして歩いていられるのは、
そうした方々と一緒に歩いてきたからという事を忘れていました。
もともと後ろを振り返ることが嫌いなので、
無意識に忘れるようにココロが働いていたのかもしれません。
このフラッシュに出会うことができて、
忘れてしまうところだった、大切なモノを思い出すことができました。

最後に、このフラッシュ自体は2004年に制作されたものらしいのですが、
今年の9月に学習研究社(学研)より絵本として販売されるようになったそうです。

 学研 「WALKING TOUR」
 「誰もが経験する大切な人との別れを、その悲しみを乗り越えて
 生きることの大切さを描いた、感動系FLASH」(出版社の紹介記事より)

日曜の午後(長文)

今日2度目の投稿。
昨夜、早めに寝てしまった朝は決まって二度寝をしてしまい、
目覚めると10時になっていました。
それから週末の日課、gooRSSリーダーによるブログ回りをする。
気になった記事にコメントを書いたり、
FLASHの記事を投稿したりしてたらお昼を過ぎた。

ほんとうだったら今日は心理学の索引づくりの続きや
会社から持ち帰った資料に目を通したいと思っていたのですが、
ご飯を食べたら、何となく散歩がしたくなりました。
このところの運動不足からか、腰がずっと痛かったので、
素人考えで歩いたら良くなるんじゃないかという思いつきです。

お財布とMP3プレーヤーだけ持って、携帯電話をわざと持って行かずに
ウォーキング用の靴を履いて甲府の中心を目指して歩き出しました。
山梨の人ならわかると思いますが、甲府市の市街地のことを
山梨の人は"甲府の中心"と呼びます。
わたしの足でおよそ40分も歩けば、甲府駅についてしまう距離に住んでいます。
だからもしかしたらわたしは甲府の中心に住んでいるのかもしれません。

歩いていくと子どもの頃に良く遊んだ公園に出ました。
今も変わらない公園には親子連れが大勢きていました。
サクラやカエデはまだまだですが、ハナミズキの紅葉がキレイでした。
代替わりをした紙芝居屋さんが来ていました。
甲府の街にはまだまだ紙芝居屋が健在なんですよ。

公園に続くお寺の境内を通り過ぎて、いつもクルマで歩く道を北上していきます。
中心に入るとアーケードに垂れ幕がかかっていました。
「がんばれ!ヴァンフォーレ甲府 勝利翌日サービス」
どうやら昨日行われたJ1の試合でヴァンフォーレが勝ったんですね。

パチンコ甲府会館のあった場所が工事中になっていました。
見ると松林軒ビルの建て替え工事でした。
この松林軒ビルというのは甲府空襲でも焼け残った有名なお菓子屋さんのビルです。
ここの名物は甲州名菓「月の雫」。
ブドウの実るこの時期にしか食べられない和菓子です。
(実はわたしは好きじゃないんですけど・・・お試しあれ)

すこし前から気になっているコットンクラブという
ジャズを聴かせるカフェレストランがあるらしいので探してみました。
ペルメ桜町通りというところにありました。
近くには古い芝居小屋を復活させたという"桜座"という施設もありました。

商店街を久しぶりに歩いてみるとやっぱり面白いですね。
お気に入りの画材屋さんに入ってみたり、
古いレコードばかり扱っているお店に入ってみたり、
気が向くままにあちらこちらと眺めてきました。

そうだ、確か献血ルームがあると思い出して、献血もしてみました。
県民会館の1階にある献血ルームには若い男女がたくさん来ていました。
時間が遅かったので、希望する成分献血はできず400mlの献血をしました。
献血手帳も知らないうちにカード化されたんですね。
飲み物が自由にいただけるだけでなく、アイスクリームもどうぞと言われました。
このあたりも変わってきているんですね。

献血ルームを出ると暗くなっていました。
ここまで来たら甲府駅を回って帰ることにしました。
日曜日の夕方とあって、駅に向かう人の波がすごいものでした。
そうそうに折り返して、人の少ない側の舗道を下っていきました。
しかし、歩いているうちに異変に気づきました。

わざわざ人が少ない側を選んだつもりなのに、
次から次へ若い女性のグループが駅に向かって歩いてくるんです。
最初は人の流れが変わってきたのかなぁくらいに思っていたのですが、
これほどたくさんの人が歩いているなんて絶対おかしいと思い、
この流れの原因を突きとめたくてたまらなくなりました。
(つくづく暇だなぁ)

駅前から下っていく平和通りの向かって右側にある施設と言えば、
県民文化ホールくらいしか思いつきませんから、
きっと何かのイベントがあるに違いないと、
その流れの始まるところまで遡ってみることにしました。
文化ホールにつくと写真やグッズを売る露店が出ていました。
どうやらジャニーズ系のコンサートのようですね。
(自宅に帰って調べると関ジャニ∞(エイト)のライブでした)

かなりの遠回りをしてしまったので、
近道のつもりで荒川の河川敷を歩いて帰ることにしました。
舗装された道路をずっと歩いてきた後に、芝生を歩くのは気持ちいい。
柔らかい靴底からの刺激を感じます。

結構な時間を歩いたのですが、
全くお金も使わず、反対に献血ルームでロイヤルミルクティをいただいて、
お土産にカロリーメイトももらって得した上に、
気がつけば腰の痛みも無くなっています。
さぁ、これからお風呂に入って半身浴で雑誌を読んで、
冷えたビールを飲みながらマッサージチェアーのお世話になったら、
なんて有意義な日曜の午後なんでしょう。

あれっ、なんか忘れてる。
そうだ、お勉強しなくちゃいけなかったんだ。 まいっか。

チームの活性化

すこし前に「チームの和」という投稿をしました。
その時に、お互いを認めることだと書きました。
それぞれに良いところも悪いところもあるのだから、
そのことを受け入れて欲しいという内容でした。

しかし、今日ちょっとした出来事がありました。
活動中にある職員が遠くから大きな声で利用者さんに指示を出していました。
近くを通りかかったわたしはその職員に向かって"コラァ!!"と怒りました。
もちろん怒鳴るような言い方ではなく、ふざけるように優しく怒りました。
"遠くから大きな声で指示してはいけません!"って。
(職員が近づいて、適切なトーンで話しかけましょうの意)
その職員とは、日頃からたくさん話をしているので、
そう伝えるだけでカッコ書きの内容は判ってもらえました。

それから夕方くらいに別の職員からわたしに"さっき怒ってくれていましたね"と言われました。
その職員も最近その事が気になっていたらしく、そこで少しばかり話をしました。
同じような立場の職員間だと注意しずらい、というような話が聞かれました。
注意すると、自分に返ってくるような気がするから、
わたしのような上司や主任クラスが怒ってくれるのがイイというのです。

理想を言えば、いけないことを気づいているのであれば、
どんな立場であれ、その場で注意しあえればいいのになぁと思いました。
お互いを認める、ということはそういうことができる間柄になることじゃないかと思う。
ふざけるように怒ることができたのは、
その職員が日頃頑張っていることを知っているからこそ、
ダメじゃないかって意見することができたのだと思います。
後から話をしてきた職員も、わたしとその職員がそんな関係にあることを
わかってくれているから、"怒ってくれて"というような表現になったのかも?

見て見ぬふりとか、先輩だから言いにくいとか、わからなくはありませんが、
例えば言っても伝わらないとか決めつけないで、チームの間では注意し合いましょうよ。
とりわけ知的障害の利用者さんは自分の意志を伝えることが苦手な人も多いので、
職員主導で生活が決まってしまう危険性が高い職場です。
せめて職員が落ち着いて、優しい言葉掛けができるようにしましょう。
また、一部の職員の行いを見て、
利用者さんがマネをして他の利用者を怒鳴る姿を見かけることがあります。
そのくらい環境としての職員には影響力があるんです。

右脳左脳

眠れないのでネットをさまよっていたら、また変な占いを発見しました。

  「うさうさ占い」 ・・・どうやら右脳左脳占いらしい。

占い方は、とっても簡単です。
一つ目は両手を胸の前で組んだ時、左右の親指のどちらが下にきますか?
二つ目は考え事をするような時に両腕を組んだ時、どちらの腕が下にきますか?

一つ目の質問がインプットする脳を調べる質問で、
右の親指が下にくれば、右脳を優先的に使う「う」です。
左の親指が下にくれば、左脳を優先的に使う「さ」です。
 
二つ目の質問がアウトプットする脳を調べる質問で、
右腕が下になった人は、右脳を優先的に使う「う」です。  
左腕が下になった人は、左脳を優先的に使う「さ」です。

一つ目と二つ目の組み合わせということになりますから、
「うう脳」「ささ脳」「うさ脳」「さう脳」の4つに分類されるようですね。

実際にわたしがやってみると、
左の親指が下にくる「さ」で、右腕が下にくる「う」となって、
「さう脳」という結果になりました。

まぁ解説を読んでみたのですが、次のように書いてありました。

 ものごとを裏の裏の意味まで探って分析し、相手の状況を見切った上で
 言葉巧みに誘導するコミュニケーション能力の高い策士です。
 人当りはソフトですが、つねに適度な距離を見定めた大人のつきあいをします。
 人間関係に角を立てることが嫌いで、イザコザが起こったりすると
 両方の顔をうまく立てて丸くことをおさめるのが上手。ある意味小心者でもあります。
 ムダな努力もしない効率主義者なので、無理と感じたらあきらめも早く、
 無難な線で決着をつけようとします。それを物足りないと感じる相手もいるでしょう。

当たっているのか、当たっていないのか、よく判りませんでした。
でも、ちょっと面白そうなのでやってみてください。

チームの輪

わたしはこのブログで、たびたび福祉の仕事はチームでする仕事と言っています。
ひとりの職員にできることは限られているし、全ての仕事をひとりですることもできません。
中にはどうしてもひとりでやりたがる人もいますが、
無理がたたってつぶれてしまったり、逆に面倒なことになったりしたら目が当てられません。

そう考えるとチームの和というのが重要になっていきます。
何より大切なことは、お互いを認めることだと思います。
ウチの施設も職員の若年化が進んでいます。
経験の長い職員もいれば、入って数ヶ月という若者もいます。

おしなべて経験の長い職員に限って、アタマが固くて柔軟性がない。
しかし、たくさんの事を知っていて、あの人でないと言うように頼れる存在でもある。
反対に経験の少ない若い職員は、スポンジのように何でも吸収していきます。
それが高じて悪い習慣も無条件に受け入れてしまうことにもなります。
若さという点では、当然のように体力的に貢献してもらいたいことがたくさんあります。
それぞれに良いところも悪いところもあることを受け入れて欲しいと思います。
適材適所に仕事を分担させるようにマネジメントするチカラが、
上司となる職員には必要となります。

コミュニケーションを良くする上では、思ったことをちゃんと伝えることも大事。
手伝ってもらったら、"ありがとう"と言うし、
良い働きをしているところを見たら、"頑張ってるね"と褒めることも大切。
時には良くない行動を見かけたら、"それ違うんじゃない?"と注意する。
ちょっとした時間を見つけて、処遇の仕方について意見交換することができたらいい。
まぁ、実際にはそうした時間を利用者さんを支援しながら作るのは難しいんですけどね。

時間がなくなっちゃったので、続きはまた今度書きましょう。

宙船(そらふね)に乗る者

いまさら感がありますが、TOKIOが歌う「宙船」という曲が気に入っています。
聞くほどに中島みゆき節がしみわたってきますね。
どうやら中島みゆきさん自身によるセルフカバーが収録されたアルバムが
11月に出るようです。
初めて聞いたときから長瀬くんの歌い方が中島っぽかったんで、
聞き比べるのが楽しみになります。

さて、わたしは歌を聞くときに、以前にも書いたように詩を追ってしまいます。
この詩のサビの部分にある、

 その船を漕いでゆけ お前の手で漕いでゆけ
 お前が消えて喜ぶ者に お前のオールをまかせるな


という歌詞は、とても耳に残ります。
ストレートなメッセージが曲全体に力強さを与えています。
自分の人生や所属するグループなどを船に例えることがよくありますが、
そうした船を動かしているのは他の誰でもなく自分なんだということに気づかされます。

しかし、わたしが違和感を感じるのは、"お前が消えて喜ぶ者"という言葉です。
わたしの感覚には全くないものなので、
最初の頃、曲を聞いていた時には、何と歌っているのかわからない程でした。
どうして、"お前が消えて喜ぶ者"が同じ船に乗っているのか判りません。
しかも、その人にオールをまかせるという行為自体が理解できません。
そもそも、"お前が消えて喜ぶ者"という人がどんな人なのか想像できない。

あっそうか。
世の中には、わたしと違った価値観で生きている人がいるということなのか。

わたしは人の中に悪意を感じる能力が劣っているのかもしれない。
記憶をたどれば、きっと足を引っ張られた経験とか、
裏切られた経験とかあるのだろうが、
ほとんと思い出せない。記憶の底に閉じこめているだけなのかもしれない。
自分が失敗しても、自分の努力が足りなかったり、
やるべき事をしなかったツケだと思う。

人のことをとやかく言ったり、他人のせいにしていたら、
自分の為にならないことをたくさん経験してきて学んだことかもしれない。
大人になってから一人暮らしをするようになって、
余計に自分の人生を自分で切り開いていかなければならない思いを強くした。
だからとにかく、とんがって、つっぱって生きてきたように思う。
そして、"人は人" と思うようになっていったのかもしれない。

ただし、人の悪口は言わないようにしてきた。
最近になって人の好き嫌いを口にするようになってきたのは、
年寄りになってきたということか。
人の悪口を言って、気が済むのはその時だけ。
悪口は回り回って、自分の身にふりかかってくる。
自分が自分らしくあるためにも、
まわりの人を大切にしていかなくては・・・・・。

民主党:改正法案と6つの緊急提言

Yahoo!ニュース 毎日新聞<民主党>障害者自立支援法の改正案、衆院に提出

主な内容は以下の通りです。
(民主党ホームページ並びに山井和則議員ブログより)

1.民主党の「自立支援法改正法案」(2点を改正)
 (1) 定率一割負担の凍結(当面は今年3月までの旧制度に準じた費用負担に戻す)
 (2) 障害児・者福祉サービスを維持するために必要な支援
   自立支援法の以上2点を改正する(2007年1月1日施行)。

2.民主党の「6つの緊急提言」
 法改正とともに、その趣旨を含めた以下の「6つの緊急提言」の実施を求める。
  (1) 障害者の所得保障を早急に実現する
  (2)障害者のサービス利用の抑制・中止について、緊急の実態調査を行い、対策を講じる
  (3)障害程度区分認定においては、従来のサービス水準が確保できるように配慮する
  (4)自治体による独自補助や地域生活支援事業について、格差の実態調査と対策を行う
  (5)精神科病院の敷地内への退院支援施設の設置は白紙撤回する
  (6)自立支援医療における更なる負担軽減を講じる

1割負担凍結という思い切った提案なのですが、
これを機会に国民を巻き込んだ議論になっていってもらえたらと期待します。

ドラマ「僕の歩く道」

このところ連ドラから離れていたのですが、自閉症を取り扱ったドラマが始まるというので第1話を見ました。

公式HPはこちら → 「僕の歩く道」http://www.ktv.co.jp/bokumichi/

このドラマは「僕の生きる道」から始まる「僕シリーズ」三部作・最終章となる作品となります。
自閉症を扱ったドラマは何度もあったのですが、
関係者としては、どう表現されても細かいところを見てしまうと、
「?」と感じてしまうところがあるので困ってしまいます。

第1話を見ていても、設定が動物園の飼育係という点で既にドラマ設定だなぁって思いました。
わたしの偏見かもしれませんが、生き物に対して臨機応変に対応しなければならない
こうした仕事には自閉症が向いているとは思えません。
(視聴率確保に動物モノというのがあるのは定説ですが・・・・)

今後の展開を見なければ何とも言えませんが、
自閉症者の社会での生きづらさを、どのように表現していただけるのか、
ドラマは意外と社会全体に与える影響が強いので、
掲示板などへの投稿が、良い方向のコメントがもらえるように
番組側は頑張ってもらいたいと思います。

保護者面談で考えたこと

昨日は保護者との個別面談がありました。
わたしの施設では年に一度個別支援計画の再アセスメントにつなげるために、
ケース担当と管理職と保護者が個別に話し合いを持つ場を設けています。
今回は全部で5グループあるうちの、2つ目のグループでした。
隔週の土曜に設定しているので、まだ3グループ残っているので
あと1ヶ月くらいかかって全員の面談が終わります。

わたしは事務の主任という立場で話に加わります。
直接の支援にかかわる訳ではないので、本来ならば口を挟む立場にはありません。
しかし、いっちょかみな性格ですから黙っていることができません。
わたしから見たそれぞれの利用者さんの様子を親御さんに伝えたくてたまりません。
長くこの仕事をしているので、保護者もその点はわかっているらしく、
嫌な顔もせずに話を聴いていただけるので、つい話が過ぎてしまいます。

個別面談の時に心がけているのは、施設の基本的方針を伝えるということです。
これは多分に同席している職員に向けていることにもなります。
特に保護者会で大勢の人に対して話す場合と比べて、
あなたのお子様に対しては、これこれこういうことに気をつけています、という事を
具体的に伝えるようにしています。
ですから本人の悪い行いも、その行動をこのように理解して、
それぞれに応じた対応をしていると伝えます。
そして、そうした対応がどの職員でもできるようにしていきますと話します。

わたしが考える個別支援というのは、
まずは対象となる利用者さん一人ひとりの行動や好みを理解して、
本人の持っている得意なことや好きなことをどんどん伸ばしてあげることと考えています。
ですから、障害者自立支援法によって個人の自立が求められる流れには同調できます。

これまでの施設支援でよろしくなかったことは、
施設の日課に利用者が合わせなければならなかった事だと思います。
個別支援計画が立てられるようになって、
ようやく利用者個人の特性が客観的に見ることができるようになりました。
わたしはかなり以前から科学的な根拠に基づいた処遇・支援計画が立てられるべきと考えていました。
それはやはり経験とカンによる支援が大勢を占めていた措置時代の反省を促すものです。

これを言うとバッシングが来ると思いますが、
個別の支援が進むということは、処遇の量的に均衡が失われるということにもつながります。
主張の強い方や目立った問題行動のある方などには支援の手が多くかかります。
また、細かいところにまで目の届くケース担当の場合には処遇が向上します。
反対に主張が少なかったり、目の行き届かないケース担当の場合は逆のことが起こります。
ニーズの無いところには報酬が発生しないのが自立支援法なのでしょう。

親御さんと直接お話ししてみると、いろいろな思いを持ちます。
そしてわたしの立場からすれば、施設を今後も成り立たせていくための
経営的な面からも考えなければなりません。
直接処遇をしている職員もいろいろな葛藤を持たなくてはならなくなるのでしょう。
その全てが生きている"人"を支えるという仕事であることからなのでしょう。
"人"を支えるのも"人"であることから、後方支援の立場にあるわたしの仕事は、
職員が仕事に満足感や充実感が得られるような雰囲気作りをすることが、
仕事なのかなぁと思いました。

過去に捨ててきたもの

このところウチの会社の組織改革でアタマを痛めています。
あれこれ考えていくと、これまでのウチのやり方は正しかったのか、
なんか自己否定から始めないとならないような気がして憂鬱です。

わたしは今の施設の落ち着き振りは、利用者さんがずっとここにいたからであって、
成長しているのは利用者さんだけのような気もしている。
そして、歳をとったことからくるパワーダウンと諦めが強く影響している気がする。

こんなことを書くと支援員が何もしてこなかったように聞こえるが、
これまでを振り返ってみた時に、あの頃にできたことが
今できなくなっていることがたくさんある。
そして、それぞれの活動の意義が見えなくなってきている気がする。
当時は『療育』というしっかりとした目的を持ってやってきた活動が、
いまではその意義が失われ、職員の日課こなしのためだけに行われている。

その他にも、やはり利用者さんに助けられている点は随所に見られる。
利用者さんが職員の顔を見ながら行動している場面だってある。
わたし自身もそうだが、周りの環境の変化に職員は振り回されすぎている。
ほんとうにやらなければならないこと『使命・ミッション』が置き去りになっている。
利用者さんを支援するつもりが、利用者さんに支援されている。

見方を変えれば、措置時代にあった指導する者、される者という関係がなくなり、
お互いが不足するところを補い合う関係に変わってきているという、
超・前向きな考え方もできる。
利用者さんたちは自分たちの自由時間を、職員の手を借りずにやりくりしている。
その間に職員はそれまでなかった利用者ケース記録を打ち込んだり、
個別支援計画を作成したりする時間がとらせてもらっている。

新しいことをするためには何かを捨てなければならないことも多い。
ここ何年かの急速な変化の中で、捨ててきたものが何であったのかを
きちんと検証しておくことも必要なのではないかと思う。
国の政策をそのとおりにやっていくとすると、
手間のかかる『療育』などというものは歓迎されず、
ただ何となくその場を過ごす場所を提供するだけが、
事業所の勤めのような気がしてくる。

ほんとうに国は何にもわかっていない。

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プロフィール

Heart さん

Author:Heart さん
山梨県にある知的障害者の入所施設で事務員をやっています。
障害者福祉を話題の中心に、うつくしいものやココロについて日々感じたことをつれづれなるままに綴っています。

座右の銘は、「日々是好日」です。
過去でも未来でもない、今を大事に生きていきたいと考えています。
  since 2007/05/13

Gmail取得しました。
メールの宛先は、
Heartsan08☆gmail.com まで。
迷惑メールが多いので、☆→@に直してお送りください。

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