根底から間違ってる
先週放送されたNHK教育テレビの福祉ネットワークのビデオを施設長に見てもらいました。
痴呆症のGHの常勤職員の夕食が500ccのビールで済まさなければならない話です。
施設長もこのビデオを見て目頭が熱くなった言ってくれました。
そして国の考え方が間違っているとおっしゃいました。
わたしは事務系なので夜勤には入りませんが、想像するには大変な仕事だと思います。
番組でもあったとおり、利用者さんの状況によってはなかなか寝てくれない人や
眠りが浅くて何度も起きてしまう人や昼夜逆転で返ってイキイキしてしまう方もいます。
ウチでは深夜の時間帯には男性女性とも1人づつしか配置されません。
1人が大勢の利用者さんの安全を見守らなくてはならない状況は、
心理的には大変負担のかかる仕事だと思います。
支援員の中には夜勤の方が楽という人もいますが、
体力的には拘束時間の長い勤務は身体には辛いし、
さらに交代勤務自体が、ある年齢以上にはきつくなるのではないでしょうか。
同様な勤務形態にある看護師も同じような勤務時間ですが、賃金体系は全く違います。
看護師には国家資格が必ず必要となる職種ですから賃金が高いのは理解できますが、
それにしても介護報酬や施設支援費の基準はあきらかに低いように思います。
番組内では厚労省の社会・援護局長は、
「介護保険ではまだ5年しか実績が無いのだから、
他の一般労働者の同年齢における賃金の比較をされても
そちらは例えば15年の経験があるのだから比較されても困る」
というような発言をされていました。
グラフを見る上では例え15年経験したとしても、
一般に近づくようなグラフにはなっていませんでした。
これから先もこの仕事を続けてこうと思う若者にとっては、
何年経っても給料が上がらないと判っていては、
先行きに不安を感じてしまうのは当たり前だと思います。
やはり産業としてこの仕事は根底から考え方が間違っているように思います。
福祉産業が民間に開放されて5年が経ちますが、
福祉の担い手は誰がやってきたのでしょう。
施設介護が中心だった時代には、在宅にいる高齢者や障害者は家族が見ていたのでしょう。
社会福祉基礎構造改革が提唱されるようになって在宅者への福祉が広がりました。
このことはサービスの幅が広がることになったので、とても喜ばしいことです。
しかし、福祉の担い手に多様な組織が参入すようになって、
その専門性は不明確なったような気がします。
在宅の高齢者などに対して派遣されるヘルパーの仕事は、
いうなればそれまで家族が担ってきた家事や身体介護です。
家族でもできることを他人に頼むということから、
あまり高い単価設定では利用されないのではという考えが、
介護報酬設定にも反映されたのではないのでしょうか。
ヘルパーのなり手もパートを前提とした主婦層が牽引していったようにも思います。
こうした安い労働力を上手に使うのは企業のお手の物ですから、
みるみるうちに全国に在宅介護センターは広がっていきました。
このことからも福祉は効率を重視するようになってしまったのではないでしょうか。
高齢者介護でできたことが、障害者にもできると踏んでいるのが、
今の自立支援法の間違った判断なのだと思います。
福祉に効率を取り入れてしまったところに、大きな間違いがあるのではと思っています。
時間が来たらゴメンナサイ帰らなくてはいけませんと、
後ろ髪を引かれながら次の現場に向かわなければならないという不条理。
こんなことでいい仕事が出来るわけがないと思います。
政治の分野も新しい時代に入りますが、
こうした思いは届くのでしょうか?
痴呆症のGHの常勤職員の夕食が500ccのビールで済まさなければならない話です。
施設長もこのビデオを見て目頭が熱くなった言ってくれました。
そして国の考え方が間違っているとおっしゃいました。
わたしは事務系なので夜勤には入りませんが、想像するには大変な仕事だと思います。
番組でもあったとおり、利用者さんの状況によってはなかなか寝てくれない人や
眠りが浅くて何度も起きてしまう人や昼夜逆転で返ってイキイキしてしまう方もいます。
ウチでは深夜の時間帯には男性女性とも1人づつしか配置されません。
1人が大勢の利用者さんの安全を見守らなくてはならない状況は、
心理的には大変負担のかかる仕事だと思います。
支援員の中には夜勤の方が楽という人もいますが、
体力的には拘束時間の長い勤務は身体には辛いし、
さらに交代勤務自体が、ある年齢以上にはきつくなるのではないでしょうか。
同様な勤務形態にある看護師も同じような勤務時間ですが、賃金体系は全く違います。
看護師には国家資格が必ず必要となる職種ですから賃金が高いのは理解できますが、
それにしても介護報酬や施設支援費の基準はあきらかに低いように思います。
番組内では厚労省の社会・援護局長は、
「介護保険ではまだ5年しか実績が無いのだから、
他の一般労働者の同年齢における賃金の比較をされても
そちらは例えば15年の経験があるのだから比較されても困る」
というような発言をされていました。
グラフを見る上では例え15年経験したとしても、
一般に近づくようなグラフにはなっていませんでした。
これから先もこの仕事を続けてこうと思う若者にとっては、
何年経っても給料が上がらないと判っていては、
先行きに不安を感じてしまうのは当たり前だと思います。
やはり産業としてこの仕事は根底から考え方が間違っているように思います。
福祉産業が民間に開放されて5年が経ちますが、
福祉の担い手は誰がやってきたのでしょう。
施設介護が中心だった時代には、在宅にいる高齢者や障害者は家族が見ていたのでしょう。
社会福祉基礎構造改革が提唱されるようになって在宅者への福祉が広がりました。
このことはサービスの幅が広がることになったので、とても喜ばしいことです。
しかし、福祉の担い手に多様な組織が参入すようになって、
その専門性は不明確なったような気がします。
在宅の高齢者などに対して派遣されるヘルパーの仕事は、
いうなればそれまで家族が担ってきた家事や身体介護です。
家族でもできることを他人に頼むということから、
あまり高い単価設定では利用されないのではという考えが、
介護報酬設定にも反映されたのではないのでしょうか。
ヘルパーのなり手もパートを前提とした主婦層が牽引していったようにも思います。
こうした安い労働力を上手に使うのは企業のお手の物ですから、
みるみるうちに全国に在宅介護センターは広がっていきました。
このことからも福祉は効率を重視するようになってしまったのではないでしょうか。
高齢者介護でできたことが、障害者にもできると踏んでいるのが、
今の自立支援法の間違った判断なのだと思います。
福祉に効率を取り入れてしまったところに、大きな間違いがあるのではと思っています。
時間が来たらゴメンナサイ帰らなくてはいけませんと、
後ろ髪を引かれながら次の現場に向かわなければならないという不条理。
こんなことでいい仕事が出来るわけがないと思います。
政治の分野も新しい時代に入りますが、
こうした思いは届くのでしょうか?




