笑顔から始めよう

よく遊びにうかがう通所授産施設ポプラの家の所長ブログ“上を向いて歩こう!”に、「職員の負担とサービスの低下」という記事がありました。
措置時代の遺構とでも言うのでしょうか、
これまで実施してきたサービスを例え小さなものでも削ると大きな反発が各方面から来ます。
自立支援法が施行されてから3ヶ月経とうとしていますが、
わたしの施設でもいくつかのサービスを変更しました。

障害関係施設でも介護保険施設でも新たに参入してくるところは、
そうした過去のしがらみが無いことから、
始めから"ウチでは、こうです"とやれる分だけのサービスを提供するので、
不満も少ないのかもしれない。
と、ぼやいてみてもわたしの法人もいわゆる民間です。
ただ、古くから施設支援をしているという点が違うだけです。

同時に歴史があることも場合によってはネックになる。
"変わらなければ"の時代にあって、新しいものに反発する気持ちも
そうしたところにあるのかも知れない。
人にも金にも限度があるものだから、サービスの質を向上させるためには、
何かを切らなくてはならない事態も起こりうると思います。
何を選択するかを一番考えなければならないのは、
直接サービスを提供している現場でなければ判らないはずです。
しかし、サービスの低下を一番危惧するのも現場だったりする。

厳しいことを言うかも知れませんが、
わたしたちは会社に雇われている身で、辞めたくなったらいつでもここを離れることができます。
しかし、ここを利用されている方々は、ここからすぐに退所することなんかできません。
だからこそこうした援護施設を継続して運営していくために改革は必要なのです。
改革と言うと、大げさに聞こえるかもしれませんので、
言い換えると原点回帰なのだと思います。

4月以来、あわただしくいろいろな事を変えてきたので、
忙しい日々を過ごしてきて、わたしを含めて顔が険しくなってきている。
利用者さんにそんな顔を見せたら、引かれてしまいそうです。
どんな時にも笑顔で接することがプロの仕事でしょう。
人は笑顔を見せられることで、自分のことを理解してくれていると感じるそうです。
険しい顔は反対に拒否されていると無意識に感じてしまいます。

そうした上で相手の存在を認めて、その利用者さんには現時点で何ができて、
何を援助すれば生活が回っていくのかを見つめることだと思います。
まずは"認める"ことから始めて欲しいと思います。
知的障害はあっても、普通に生きる権利はあります。
自分でできることまで支援員が手を回していたのでは、
発達する芽を摘んでしまっているのと同じ事です。

これをサービスの低下と見るか、自立を促すと見るかは、
結果によって判断するしかありません。
支援の現場にいない事務員のたわごとかもしれませんが、
長文を読んでいただいてありがとうございます。

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利用者さんとの距離

今夜は旅行で一緒だった利用者さんとのことについて書きたいと思います。
わたしが担当した方は、基本的には物静かな方でした。
普段、施設にいる時でもほぼ専用になっているソファーでジッとして、
あぐらをかいて、腕組みしていることが多い方です。
事務員のわたしとの施設での接点は昼食を同じテーブルで食べる時くらいです。

旅行で注意することについては、これまでの情報を何度も耳にしているし、
団体での旅行で何度か一緒になっていることもあるので、
旅行中の不安はありませんでした。
それでも一歩外に出たら何が起こるか判りませんから、
これまでの記録やフェースシートを読み直して当日に備えました。

今回の旅行は施設のクルマを使っての移動でしたので、
玄関to玄関でわずらわしいことも無いように計画しました。
この方は歩くことには問題は無いのですが、足下を見るということをしないことと、
未知のものには及び腰になることもあって、移動には目が離せません。
実際に、わずかな段差があるところでも声掛けを欠かしません。
小石川後楽園では、石畳を歩く時と川に置かれた飛び石を渡る時は苦労しました。
でも、腰が引けている人の手を取って引っ張っている姿を知らない人が見たら、
きっと人さらいか、拉致している人のように見えるね、と同僚と笑いました。

それからもっと気を使う点は食事でした。
基本的には施設での食事は何でも食べてくれるので、困ることは無いのですが、
なにぶん言葉が無いので、何が食べたいかがわかりません。
メニューの写真を見せても指を差してくれることも無いので困りました。
事前に「白飯とか、うなぎとか好きだよ」と教えられていたので、
うなぎの入ったメニューということで和食のレストランに入りました。
温泉物語の中では、そういう訳には行かなかったのでお寿司にしました。
旅行=ごちそう、という施設にありがちなパターンですね。

何が好きかわからない時にわたしが良くやる手は、
利用者さんが食べそうな違うメニューを自分が頼むという方法です。
こうすると本人のために頼んだメニューがお気に召さなかったり、
食べている途中で気が変わって食事が止まってしまったり、
欲しがったりした時に自分のと取り替えることができます。
これは先輩職員のマネです。
今回もうなぎの蒲焼き定食を前にして、わたしのネギトロ巻きに目が釘付けだったので、
2,3個あげましたら笑顔で召し上がっていました。

旅行というのは24時間ずっと同じ顔をつきあわせるということになります。
うちのような施設の旅行の場合は、利用者さんは有無を言わさず”担当”が決められるので、
自分が好きな職員と旅行ができるという訳には行きません。そのため、
「これから24時間、この顔を見なくてはならなくなりますので、よろしくお願いします」
と、朝の一番にお断りをさせていただきました。

施設の外に出ても、どうしても「○○しないで下さい」と注意をしてしまいます。
やっぱり気の合う仲間同士で旅行をしていてもケンカになってしまうのですから、
適当に距離を置くことも大切だと思いました。

温泉物語の中でもちょっと口うるさくしてしまった後にお風呂に入った時、
露天風呂で少し離れて見守る時間を取ったりしてみました。
風呂から出て休憩するような板の間のような場所があったので、
ここでしばらく座ってもらうことにしました。
わたしは見守ることのできる場所で風呂に入ったり、日光浴をしたりしていました。
こうしたシーンでは、それぞれが一緒にいなくても不自然ではない
状態をつくることができたので少しこちらも休息をとることができました。

安全を確保することが私たちの勤めですが、
始終べったり付き添わなくてはならないというと、
利用者さんにも、付き添う職員も息がつまってしまいます。
適当に息を抜くシーンをつくることができたことはラッキーだったと思います。
でも、それもこちらの勝手な解釈でしかないのかもしれませんが。

旅行中、利用者さんの様々な表情に出会うことができました。
この方は表情が瞬間でコロコロと変わる方なので、
仏頂面をしていたかと思えば、次の瞬間にはニコニコしているという顔を見せてくれます。
足湯を怖がっている表情も、コーヒーを前にしてニコニコしている表情も
どちらも生き生きとしていたと思います。
やっぱり旅行に連れてきて、さまざまな経験をしてみないと
出てこない表情というのもあると思うので、これからもたくさんの表情をみせて欲しいと思います。

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ココロのバリアフリー

ひょんな事から「ココロのバリアフリー」という言葉がアタマに浮かびました。
バリアフリーという言葉は、わたしが建築科の学生をしている頃に、
授業の中で初めて聞いた建築用語だったと思います。

バリアフリーという言葉は既に一般化されていると思うのですが、
障害者白書によると、障害者には次のような4つの障壁があると分類しています。


1.物理的な障壁
   歩道の段差、車いす使用者の通行を妨げる障害物、
   乗降口や出入口の段差等

2.制度的な障壁
   障害があることを理由に資格・免許等の付与を制限する等
     
3.文化・情報面での障壁
   音声案内、点字、手話通訳、字幕放送、分かりやすい表示の欠如
     
4.意識上の障壁(心の壁)
   心ない言葉や視線、障害者を庇護されるべき存在としてとらえる等




わたしは障害者支援施設に勤めているので、これらの4つの障壁を日々経験しています。
物理的なバリアで言えば、施設の玄関にはスロープはありますが、
その先にはいくつもの段差があったりします。
制度的なバリアは特に思いつかないかな。
情報面でのバリアと言えば、障害により言葉を持たない利用者さんにとっては、
思っていることを正確に伝えられないというバリアを持っているでしょう。

最後の「心の壁」というものが一番気になっています。
職員であるわたしでさえも、気づかぬうちに利用者さんを自分より下に見る
呼び方をしたり、命令口調の発言をしてしまったりしてしまいます。
ひどい場合には「しつけるべき者」「訓練されるべき者」というような扱いをされる。

障害者を前提に書いていましたが、
考えてみると一般社会の中にも同じようなことはいっぱいあります。
例えば、会社に新しく入ってきた社員に対して、
「なんでそんなことができないんだぁ」
って言ってるの聞いたことがありませんか。
そう発言している人だって、訳もわからない新人だったことを忘れています。

「お互い様」
これがキーワードのような気がします。
わたしが通勤で使う道路脇に掲げられている標語に


 子ども叱るな、来た道だ。年寄り笑うな、行く道だ。
というようなものがありました。

健康なうちは病気になることが想像できない。
交通事故に遭うまで、障害を持つことを想像できない。
そうしたことは仕方がないことかもしれませんが、
テレビ・ラジオに加えて、インターネットが使える超情報化社会で、
気づかなかったなんて言い訳はできないと思います。

障害者問題にしても、特別に障害者だからという見方ではなく、
障害という特性をもった普通の人と思うことでいいんじゃないかなぁ。
わたしが何か不得意なことがあるように、
彼らはホンのちょっと不得意なことがわたしに比べて多いだけ。
想像力を働かせて、身の回りにあるバリアを無くしていきたいですね。

紅茶が先か、ミルクが先か?

イギリスでは遠い昔からミルクティ論争というのがあるそうです。
ミルクティーを入れるとき、先に牛乳をカップに入れてから紅茶を注ぐか、
それとも紅茶を入れたカップに牛乳を入れるかという問題です。
最終的にはその人の好みにも因るものなので決着はつかないだろうと言われています。
双方ともが自分の入れ方の方がおいしいはずだと言って引かないということなのでしょうね。

こうした「自分の言い分が正しい」的な感じ方は英国人らしいということになるのでしょうか。
我が日本においては「和をもって貴しとなす」という言葉があるように、
互いの意見が違うのは当たり前であり、そのことを踏まえた上で
お互いが落ち着いて話し合えば、おのずと正しい合意がみられるという意味ではないでしょうか。

わたしの中でも、利用者さんの支援を考える上での方法論として、
ある問題行動が起こってからの利用者さんへの対応を考えることと、
その事の起こる前の利用者さんへの対応を考えることと
どちらがより重要なのかという命題があります。

現時点でのわたしの考えとしては、その事の起こる前の対応をどうすべきか、
ということの方がホンの少しだけ重要ではないかと思っています。
利用者さんの周りの環境設定に不備があるからと思うからです。
例えば、その利用者さんの周りがうるさかったり、
長い時間その利用者さんに目が向けられていなかったり、
できる対応を職員が気が回らなかったり、怠っているからではないかと言うことです。
データを集めて、そうならないためのシミュレーションを考えたらと思っています。

しかし反対に、その後の対応の方が重要という意見にも同意できます。
一つに、いつその行動が出るのか予測が難しい。
済んでしまったことは取り返しがつく訳ではないので、
これからどうするかを伝えることが大切という意見もあるでしょう。

事前の対応が、はまる利用者さんもいれば、
事後の対応でなければ、はまらない利用者さんもいると思います。
どちらの場合も向かっている方向は同じ方を向いていなければと思います。
それは、「利用者さん第一、利用者さんの生活の向上を目指している」という事に他なりません。
決して職員の都合であっても、法人の都合であってもいけないと思います。

わたしは事務員という間接処遇の身ですから、
実際にわたしが行える支援は限られているので、
厚労省のお役人と同じで机上の論理にすぎないかもしれません。
わたしたちは現在利用者さんからお金をもらって支援をしている、
言い換えればサービスを提供している立場です。
サービスの向上のために話し合うことが求められていると思います。

だんだん何を書いているのか判らなくなってきました。
そうそう、はじめに書いたミルクティ論争には一応の決着がついているそうです。
ミルクを先にカップに入れ、その後に紅茶をつぐのが正しい入れ方なのだそうです。

利用者さんの旅行

今月の平日に利用者さんと1泊で旅行に行くので、その準備のために資料を見ていました。
既に宿は押さえてあるので、具体的な観光スポットを見つけています。

昨年の旅行は全員で行く箱根旅行でした。2日目の行動はグループ行動となりました。
大きなホテルの1フロアを貸し切る勢いで、大広間の大宴会も楽しかったなぁ。
大勢で行く旅行も楽しいのですが、今年度の旅行担当の企画は、
ほとんど個別旅行に近い2〜3人の少人数での旅行です。
ウチのスタイルは必ずマンツーマンに職員をつけることにしています。

全体的に利用者さん旅行は計画の段階からとても大変です。
まずは利用者さんごとの相性がありますから、グループ分けが大変です。
それから年齢や体力の違いもあります。
旅行の目的も利用者さんの状況に応じてバラバラですから更に大変。
今年度も3月のうちから旅行担当が四苦八苦していました。

具体的になってきてからの大変さとして、
利用者さん自身が希望を言ってくれる人では無い時の対応です。
たまたまわたしが担当する利用者さんには言葉がありません。
感情の表現はあるのですが、旅行でどんなことをしたら喜んでもらえるのか迷います。
ニコッと笑っている時には楽しんでおられると想像できるので、
そうしたシーンを思い起こしながら、旅行のイメージを準備しています。

いまイメージしているのは体力的なことを考えるとそう遠くでは疲れてしまうので、
山梨から近い東京都内で宿泊をして、都内にある静かなスポットで過ごすことを考えています。
あと、問題は"梅雨"に入ってしまったということですかね。
室内で楽しめるスポットも考えないといけないんでしょうね。

ちょっといい所をみつけました。お台場にある"大江戸温泉物語"なんかどうだろう。
本物の温泉がたくさんある(ここも温泉ですけど)山梨に住んでいるのに
わざわざ都会の温泉に行かなくても、とも思いますが、
ある意味テーマパークだと思えば、そんな観光もいいかも。

あともう一つ利用者さんが大好きなコーヒーが飲める所を探しておこうと思います。
この方はいわゆる"違いがわかる男"なので、コーヒーにはうるさいんです。
インスタントと豆から落としたコーヒーを出した時の反応がぜんぜん違うんです。
あきらかに笑顔を見せてくれる場面が想像できるので、
そうしたシーンが引き出せる演出が考えられたらいいと考えています。

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Forgiveness〜ゆるすということ

ユーミンこと松任谷由実さんの新しいアルバム「A GIRL IN SUMMER」が出ました。
ラジオでも何度もかかるようになってきた「Forgiveness」という曲が耳に残ります。

この歌が使われているCMの印象と少し違う。
優しいメロディーラインとともに、大きな神の御心が感じられました。

♪ゆるし合う ほほえみは 神様にもらった
 最高の贈りもの どんなことがあっても
 大切な誰かを ずっと愛し続けるため


わたしは別に信仰に厚いものでもないのでおかしな話ですが、
こうした大きなチカラを信じたいと思うタイプなのです。
人をゆるすというココロの働きは、他人を癒すと同時に自分を癒すことにもなる。
世界のあちこちで起こっている諍いも、
それぞれの立場を認め、お互いを信頼し合い、
お互いをこの地上における大切な存在であることを
認め合うことができたら・・・・きっと・・・。

東芝EMIのスペシャルサイト「A GIRL IN SUMMER」では、
ユーミン自らによるアルバム解説などが見ることができます。
心地いい波の音を聞きながら、この記事を書いています。



ビバ!"おひとりさま"

Broachに移ってからの初めての記事になります。

昨日、しばらく通っていた歯医者さんで"おひとりさま"という言葉と出会いました。
世間を知らないというのか、この言葉を始めて認識しました。
「おひとりさま向上委員会」の現代表であらせれる葉石かおりさんによれば、

  「個が確立している大人の女性。
   家族や恋人、友人と過ごす時間を大切にしながらも、
   自分1人の時間も楽しく豊かに過ごす人たち。」


ということなのですね。

このあたり微妙なところで、当初は女性について言われる言葉のように聞こえていたのですが、
どうやら男性の「おひとりさま」というのも認知されているらしい。
とはいえ、元気が良いのはやっぱり女性たちだろう。
こうした現象はきっとバブルにまみれた90年代後半から既にあったんじゃないかな。
まぁ、わたしがこの言葉を知らなかっただけなんだけど・・・。

ひとりで人生を謳歌する独身のことをわたし達の時代には「独身貴族」と言いました。
でも、その言葉には今のようなポジティブなイメージはなくて、むしろ馬鹿にした言い方でした。
30歳を過ぎてもひとりの時間が長くなっている現代においては、ちょっと見方が違ってきましたね。
わたし自身も、けっして良いこととも思ってはいませんが・・・。

それぞれの経済活動を考えてみたのですが、
クルマやオーディオなどの物質消費に熱心な男性にくらべて、
女性たちは自分磨きやバカンスなどの感覚的な消費行動にお金を使っているように思います。
もともと好奇心が強い女性ならではの消費行動なのでしょうが、
ウチにこもる(ひきこもり?)男性にくらべて、積極的に社会に係わろうとする女性が
やっぱり現在の経済を支えていると言っても過言ではないのでは。

時に負け犬などと揶揄されることもありますが、
わたしは女性たちが元気でいられることこそが大事なことだと思っています。
自分自身の時間を大事にして、ポジティブに生きる女性をこれからも応援していきます。

新人職員に話したこと

PHP研究所の出版物が好きで、気になるタイトルがあると買って帰ります。
今夜、コンビニで『PHP』ベストセレクション“わたしの幸福論”を偶然発見しました。
これまでPHP誌上に掲載された各界の方々が書かれた「幸福」をテーマにして
エッセイがたくさん詰まっていて、気になる方だけちょっと読みました。

生き方を学ぶために多くの人の意見を取り入れることが大切だと思っているので、
子どもの頃から小説は読まなくても随筆・エッセイのたぐいはたくさん読みました。
男性、女性に限らず、あらゆる分野の方々の本を読んで、
書き手がどのような思いで現代を生きているかを盗み取るような気持ちで読んでいました。
もうわたしも良い歳になるので、誰かに学ぶまでもなく、
自分なりの生き方をしているように感じています。
まだまだ、“わたしの生き方は、こうです”と表だって言えるほどのものはありませんけど・・・。

わたしの施設に新卒の新人が入りました。
今日はようやく少し話をすることができました。
既に社会人経験がある人や他の施設を経験している人が入ってくるのと違い、
新卒の新人に対しては、上司としての立場からすると今でも緊張します。

話をしたというよりも、1度目は新人のミスを注意して、
2度目はフォローして、こうしたら良かったとアドバイスしたりと、
こちらが一方的にしゃべって、新人は「はい」と答えるだけでした。

彼と話したことの一つに食事後の会話で、
新人が自分の食事が終わってさっさと席を立ってしまったことに対して、

「わたしたちがしなければならないことは、食事を同じ席で介助しながらとるだけではなく、
 利用者さんが落ち着いた雰囲気で、最後まで食事ができるようにその環境を作ることでもあるんですよ」


そう伝えて、自分の片付けが終わったら、すぐに元のテーブルや他のテーブルで
まだ食事を終えていない利用者さんの様子を見るように指示しました。
わたしが伝えたかったポイントは、食事を取らせることばかりが仕事ではなく、
むしろ落ち着いた環境をつくることの方が大切なんだよ、という点でした。

瀬戸内寂聴さんの文章に中に「互いを思いやる想像力をもつ」という言葉がありました。
食事の場面を考えると、利用者さんの食べているお膳の中がどのくらい減っているかは一目瞭然です。
また気持ちよく食べているか、嫌々食べているかも顔を見れば判ります。
けれども利用者さんが本当はどのような気持ちで食べているかは見ることはできません。
施設の多くは集団で食事をとることになります。
まぁ、養護学校を含め多くの時間をそのような環境で食事をしてきたと言えるのですが、
ただでさえ落ち着いて食べられる環境ではありません。

そうしたことに気づき、それどうにかして落ち着いた雰囲気を作っていくためには、
目に見えないものを想像する気持ちがなければできません。
とかくわたしたちは目に見える事柄にばかり、目を奪われ、本質を見失うものです。
新人にはいろいろな職員の考えにふれて、時にはたくさん失敗して、
相手のココロがわかる職員になって欲しいと願っています。

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できないのですか、やらないのですか

わたしは母を亡くしたことで自分の家の宗派が浄土宗であることを知りました。
ですから仏壇を前にして“南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)”と唱えます。
それほど信心深いわけではありませんが、春のお彼岸の折りにお寺からカレンダーを頂き、
部屋の見えるところに掛けてあります。

このカレンダーには毎月の言葉というものが書かれています。
タイトルの言葉が6月のお言葉です。
これまでの月ではそれほどショックを受ける言葉はなかったので、
今月のお言葉には、かなりやられてしまっています。

どちらにしても結果は同じです。
このところ障害者施設をめぐる現状を考えていますが、
時代に合わせて変わることを要求されているのだと思っています。
わたしの施設でも新体制への移行はできないという判断を行政に伝えました。
障害程度区分の問題や新事業体系に移行しても収入が減ってしまうことなど、
条件が揃っていない状況では安易に移行はできないというのが理由でしょう。

しかし、もう少し別の角度から見たら、
あれこれと理由をつけて宿題をやらない小学生と変わらないような理屈に聞こえます。
小学生が一足飛びに大学を受験するというのは到底無理な話ですが、
一歩一歩努力を続けることが、大学合格につながるんだと思います。
何も国は施設利用者のすべてが企業に就職して、
自立した生活をしなさいと言っている訳ではないと思います。
どんな時代になっても施設を必要とする人は、いなくならないと思います。
しかし、別の選択肢があることも知らされずに暮らしつづけることが良いことでしょうか。

集団生活を余儀なくされる施設という空間が嫌で、
自由をもとめて自活事業を経て、グループホームへ移行した人たちがいます。
大勢の支援者によってバラバラな言葉掛けがされることで、
混乱してしまうタイプの自閉傾向の人には、
集団生活よりも個別対応がしやすいユニットケアやグループホームの方が合う気がします。

さまざまなアプローチがあるにもかかわらず、
これまでやってきた支援に、しがみつこうとしているようにも見えます。
全てが変われと言っているのではありません。
無限の可能性を秘めている利用者さんはきっといると思うのです。
そうした一人ひとりを大事にしていって欲しいと思うのです。

制度がころころと変わってしまうために、落ち着いて考えることもままならないのだと思います。
こういう時代だからこそ、根を大地にしっかり踏ん張って、
わたしたちがしなければならないことを見極めないといけないと思います。
「転がる岩にはコケは付かない」と言いますが、
常に新しいものを取り入れていく心構えがないと組織はすたれてしまいます。

浄土宗のホームページからの引用です。
お釈迦さまは『法句経』のなかで
「錆(さび)は鉄から生まれるが、その錆は鉄を傷つけてしまう。
 人も愚かな自分の行動が、自らを悪処におとしめてしまう」と言われています。
努力を怠っていると、自分の身から出た錆で、自分の身を滅ぼしてしまうそうです。

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プロフィール

Heart さん

Author:Heart さん
山梨県にある知的障害者の入所施設で事務員をやっています。
障害者福祉を話題の中心に、うつくしいものやココロについて日々感じたことをつれづれなるままに綴っています。

座右の銘は、「日々是好日」です。
過去でも未来でもない、今を大事に生きていきたいと考えています。
  since 2007/05/13

Gmail取得しました。
メールの宛先は、
Heartsan08☆gmail.com まで。
迷惑メールが多いので、☆→@に直してお送りください。

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